ハンセン病とは
「らい」から「ハンセン病」に
- ハンセン病はかつて癩(らい)病と呼ばれていました。「らい」は偏見や差別を生むものとして「ハンセン病」と呼ぶようになりました。病原菌の「らい菌」などを除いてほとんどが「ハンセン病」と呼びかえられています。
- このページではハンセン病を以下の二つの観点から説明します。
医学的観点
ハンセン病の原因は?:
- 1973年にノルウェーのハンセンが発見した「らい菌」という、結核菌等と同じ抗酸菌という細菌です。この細菌の感染がもとになって発症します。
どんな病気ですか?:
- 皮膚と末梢神経の病気です。菌は低温を好むため、初期症状の多くは皮膚や眼など、体温が低く神経の豊富な部位に見られます。熱い・痛いなどの感覚が麻痺したり(知覚麻痺)、顔や手足が動きにくくなったり(運動麻痺)します。また進行するとこれらの部位が変形し、視力障害や、内臓諸器官への影響もあります。
- 診断や治療が遅れると、主に指、手、足等に知覚麻痺や変形をきたすことがあります(後遺症)。
感染するのですか?:
- 感染し発病することは稀です。乳幼児期に多量かつ頻回にらい菌を口や鼻から吸い込む以外まず発病しません。日本において感染源になる人はほとんどいません。もちろん遺伝はしません。
日本にも患者はいますか?:
- 日本にも患者はいます。最近の新規患者数は、毎年7名(日本人:数名、在日外国人:約6名)ですが、らい菌を大量に排出している人はいません。今後患者が増加することはありません。

治療はどうするのですか?:
- 抗生物質*を内服します。ハンセン病は治る病気ですが、早期診断、早期治療、確実な内服を心がけ、後遺症を残さず耐性菌を作らないようにすることが大事です。らい菌が多い(多菌型)患者には1年から数年、らい菌の少ない(少菌型)患者には6ヶ月の内服で治癒します。
- *抗生物質:ハンセン病ではリファンピシン(結核にも使われている)、DDS(スルホン薬)、クロファジミン(色素剤)の3種類の抗生物質を併用しています。これをWHOでは多剤併用療法(MDT)といっています。この治療を行うと、早期にらい菌はいなくなります。
ハンセン病療養所とは?:
現在日本には15のハンセン病療養所があり、約2800人の元患者さんが生活しています。元患者さんの平均年齢は80歳です。
参照:国立感染症研究所感染症情報センター
「ハンセン病の基礎知識」国立療養所栗生楽泉園発行
社会的視点
ハンセン病は人類の歴史上もっとも古くからある病気のひとつです。かつては、身体を変形させる不治の伝染病と恐れられていましたが、現在では抗生物質の多剤併用療法で容易に治癒します。しかしながら社会に根強く残る時代遅れのイメージのせいで、多くのハンセン病患者、回復者、そして家族までもが、今もなお差別を受け、社会から排除されています。
なぜ「癩(らい)」からハンセン病と呼ぶようになったのですか?
- もともと「癩(らい)」という言葉そのものが差別的なのではありませんでした。しかし、「癩(らい)」に対しては、歴史的に“不治の病”と考えられていたことや、近年の誤った国の政策、恐ろしい伝染病だという誤った宣伝、そして、隔離政策がこの言葉に恐怖感をうえつけ、排除と差別のための用語となってしまいました。
- そこで従来の呼称から、らい菌を発見したハンセン医師の名前をとり、治癒する病気=ハンセン病と呼ぶようになりました。
ハンセン病患者さんはなぜ差別偏見を受けてきたのですか?
●病気の原因についての誤解
- 「天刑病」という誤解
- 昔は説話集や仏教の経典などで、禁じられた行いをしたものは仏の罰として癩(らい)を患う、などと書かれたことから、ハンセン病は天刑病(天から受けた罰)だと考えられていました。
- 「遺伝病」という誤解
- ハンセン病は感染症なので、同じ家族の中で複数の患者がでることがあり、遺伝病だと考えられました。
●病気の原因が分かってからの誤解
- 1873年に「らい菌」が発見され、明治時代にはハンセン病が感染症であり、その感染力はとても弱いという新しい知識が入ってきました。しかし国による間違った宣伝や、患者を強制隔離する政策により、「ハンセン病はとてもこわい感染症である」という誤った認識を人々に植え付けてしまいました。
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- こうしてハンセン病に関して誤った認識が一般に広まったため、患者は二重の偏見・差別に苦しんできました。また患者だけでなく、その家族までもが結婚を拒否されたり避けられたりと、いわれのない差別を受けてきました。
隔離政策はどのようにはじまったのですか?
日本のハンセン病対策が開始されたのは1907(明治40)年です。
- 法律第11号「ライ予防法に関スル件」
- 明治時代に入り、文明国の仲間入りをしようとしていた日本は、欧米では根絶されたハンセン病が自国内に存在していることを恥じ、神社やお寺などで路上生活をしていた患者を収容・隔離するために1907(明治40)年に法律第11号を制定しました。この法律に基づいて1909(明治42)年に全国5ヶ所に公立療養所が設立され、患者の収容を開始しました。
- 「らい根絶20年計画」と「無らい県運動」
- 1930(昭和5)年~1940(昭和15)年にかけて展開された「らい根絶20年計画」と「無らい県運動」により、「らいの根絶は患者を全員隔離することに尽きる」という考えのもと、「全ての患者を収容して10年で患者を減少せしめ、20年にしてこれを根絶に至らしめる」という計画が推し進められました。国民は自分たちの県から患者を無くそうと、しらみつぶしに探し出しては療養所に送り込む、官民一体のファシズム運動が展開されました。この根底には「日本民族浄化」という考え方がありました。
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- このような理由で、ハンセン病の患者は隔離されてきました。ハンセン病は患者を強制隔離する医学的理由のない病気なので、国の政策が大きく影響していることが分かります。
廃止された「らい予防法」はどのような法律だったのですか?
- 1931年「法律第十一号」を改正した「癩予防法(旧法)」が制定されました。これはすべての患者を隔離することを定めた強制隔離の徹底、就業規制、汚染の疑いのある物品の売買禁止などを定めていました。
- 1943年に特効薬プロミンが開発され、日本でも1947年に投薬試験が始まりハンセン病は治る病気となりました。そのことを喜んだ患者たちは「癩予防法」の改正を政府に要求していましたが、聞き入れられないまま1953年に「らい予防法」が公布されました。
- この法律は、「癩予防法」の精神を受け継ぎ、強制隔離、継続強制入所、従業禁止、汚染場所の消毒、外出禁止、所長の秩序維持規定など、人権を侵害するもので、治ったあとの退所規定もありませんでした。
- この法律には、「近い将来改正を期する」という但し書きがありましたが、1996年に廃止されるまで、実に40年以上にもわたって入所されている方を苦しめました。
現在のハンセン病問題とは?
- 今なお、誤解や偏見が残っています。
~国立療養所栗生楽泉園自治会長 藤田三四郎さんの手記より~
1996年にようやく「らい予防法」の廃止が実現しました。私たち入所者は、平均年齢が77.8歳に達しております。ただ単に法的に開放されたに過ぎず、現実派それ以前と全く変化もなく過ぎているということに釈然としないものを覚えています。
ハンセン病に対する偏見は、入所者、社会復帰者やその家族への有形無形の圧力となって今なお、根深く残っており、社会生活にも影響を与えています。
私たちが、法廃止後も故郷に安心して一時帰省できないのは、周辺の旧態依然とした空気が、家族の気持ちを頑なにしていると思います。私たち自身も故郷の墓参りを自重せざるを得ない状況が現在も続いております。
- 以上のような日本の政策により、ハンセン病患者さんは人権を奪われ、自身やその家族に多くの苦しみを与えてきました。1996年に「らい予防法」は廃止されましたが、私たちの無知や誤解により、社会復帰した方が周囲に受け入れてもらえない、職に就けない、宿泊拒否等といった差別偏見が今なお続いています。
- FIWCの活動でハンセン病を患った方たちに何度もお会いしましたが、どの方もみな素敵な方ばかりでした。人懐こく私たちを受け入れてくれ、ハンセン病の歴史や自身の辛い体験も話してくれます。文芸など、すばらしい才能に秀でている方も多くいます。
- ハンセン病について何も知らなかったときは‘ハンセン病は感染症’と聞いただけで、本当に自分に感染しないのか自分も両親も心配しましたが、実際に彼らと触合い、正しい知識を得ていく中で、そんなことは無用の心配だったことを痛感しました。
- どんなに学校の道徳の授業で差別や偏見が良くないことだと習ったとしても、実感や経験を伴わないと、自分の中にちゃんと組み込まれない気がします。どんな人間でも、人は時にものすごく残忍になる、そのことを自覚する必要があると思います。
- 私の中にも残忍な心があり、今後何か自分の知らない未知のものに出会ったときに、知らない恐怖心から、それらを排除しようとするかもしれません。 それが同じ人間でも、昨日まで友人だった人でも。
- けれどもし、ハンセン病を通して、差別や排除の歴史を知っていたらどうでしょう。それでも同じことをくり返すでしょうか。それとも思いとどまって、ちゃんと正しい知識を手に入れてから判断しようとするでしょうか。
- ハンセン病について大切なことは、無関心にならないことだと思います。正しく知ること、学ぶことをすれば、不幸はおきなかったかもしれません。
- 正しく知ること。
- それが私たちに必要なことなのだと思います。
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